ワクワクして読んだ思い出の児童書
こんにちは、はいじです。
最近本屋に行くと児童書のコーナーばかりに入り浸ってしまいます。
最近、子供の頃に好きだった児童書が読みたくて読みたくてたまりません。まぁ、コレ、定期的にきます。
いくら活字が読めなくとも、過去好きだった児童書は、さすがに読めるのです。読書というより、楽しかった頃の記憶の掘り起こし作業に近いので。
私の最盛期の読書時期は、小学生で終わりを迎えています。中・高も読みはしたけれど、小学生の時程の読書量はまったくない。
多分。むかーしのブログにも書いたのですが斎藤洋さんのお話はとてつもなく、私の”殆ど“です。私の書く文書の基礎だし、物語を書く上での”殆ど中の殆ど“
児童書に育まれた児童書BL筆者はいじ
私はたまにコメントで「わかりやすい文章」とか「するする入ってくる言葉」とかって頂くんですけど。(うれしみ)
それは、私の読書体験の殆どが小学生までの児童書で終わってしまってるからだと思います。
児童書は、もちろん子供向けに書かれているものなので難しい表現はあまりなく、平易な言葉が使われています。つまり、私の選ぶ言葉や表現の箱は、児童書で得たものしかないので、難しい言葉がない……というより、選べないんだと思います。
有りていに言えば、語彙がないんですね!
だからといって私は別にこれで良いと思ってます。私は自分の平易さが嫌いではないので。
私の小説は好きな児童書から頂いたモノ達育まれた、児童書BLというわけです。書いてて何ですが訳分かりませんね。児童書BLというパワーワードを放ってしまって、なんだか児童書に申し訳ない気持ちになってきました。
私の礎からの殆ど、児童書作家斎藤洋さん
何回も語りに来てしまう。斎藤洋さんの作品。やっぱり一番有名なのは【ルドルフとイッパイアッテナ】でしょうか。
映画にもなりましたもんね。もちろん、私も見に馳せ参じまじた。斎藤洋さんの作品は動物の主人公が本当に魅力的。動物から見た「人間ってなんでこんなことするんだ?」が、とってもユーモラスで可愛い。ほんと、なんでそんな事するんだろうね。そして、そんな主人公は往々にして真面目で素直でちょっと抜けてる。
でも、未熟だから間違ったりする。そして、それを「こら!」と怒ってくれる兄貴や師匠みたいな人が傍にいるという事が多いです。
【ルドルフとイッパイアッテナ】
ルドルフとイッパイアッテナ (講談社文庫) [ 斉藤 洋 ]
ルドルフ(黒猫の方)。兄貴であるイッパイアッテナの生き方を見て「かっこいい!」とイッパイアッテナに習って人間の文字を習得したり、人間の中に交わって生きていく事を覚えていく。
【白狐魔記】シリーズ
最初は普通の狐だった主人公。名前は最初は無いんです。狐ですので。
人の事を気に入っており、野生なのに人里近くで暮らす変わった狐の主人公。
そのうち、人の言葉を覚えた狐は、その後、人間の話すおとぎ話の中に出てきた”仙人”に会う為に旅をする事になります。
まぁ、無事仙人とは出会う事になるのですが、その後、弟子入りをして人間に化ける術を覚えてからがこのお話の真骨頂です。その後、仙人から名前を貰って白狐魔丸(しらこままる)と名乗るようになり、歴史の偉人たちとの出会いや別れを繰り返しながら長い時を生きていきます。
私の書く主人公はどこから。斎藤洋さんから
まがりなりにもBLを書いている私の原点は此処です。と挙げるのがちょっと申し訳ないのですが、本当にそうなのですから仕方ありません。
私のよく書く”まっすぐで、どこか抜けてて、でも真面目で一生懸命”な主人公像は、全部斎藤洋さんの作品の主人公に感銘を受けた為に産まれたものでもあります。
特に、自分の知らない分野に対しての「そんな事して楽しいのか?へぇ、そうなのか。じゃあ、おしえてくれないか?」というテンションは【前世の無い俺の、一度きりの人生】の主人公アウトが惜し気もなく発揮している気がします。
真面目に学ぶんだけどちょっとズレてる。ズレている事に本人は余り気付いておらず、読者が「そうだね、おかしいよね。でも、それ間違ってるよ。くすり」ってなる系の主人公。でも、その時主人公が口にするズレたような事が、妙に的を射ている時もある、このちぐはぐさ。
あぁ!大好きです。
ううむ、きっと上手く伝えられていない気しかしない。一人で盛り上がってしまってすみません。
そういえば、先程近所の図書館の前を通ったら、緊急事態宣言の発出される日から図書館も閉まると書いてあったのでした。借りに行くなら今。とても暑くて日差しに焼き殺されてしまいそうですが、今。そう今しかない!
決心したら、図書館に行ってきます!
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